ハンカチ落とし


「美穂、あんたいつまでそうしてるの?」

 私はいい加減しびれを切らし、美穂に尋ねた。

「そうしてるって?」

「高崎のこと。話しかけるでもなく、ただ遠くから見てるだけでいいの?」

「よくないけど、声なんてかけられないし……」

 美穂は高校に入って高崎に恋をして、まともに話せないまま二年生になってしまったのだ。

「じゃあさ、向こうから話しかけさせればいいじゃん」

「どうやって」

「美穂が何か落として高崎に拾わせるとか。話のとっかかりにはなるんじゃない?」

 美穂は、んーと唸った後に決断した。

「わかった、やってみる」

 美穂が怖気づかないよう、計画はその日のうちに実行することにした。授業の合間の休み時間、高崎がトイレから出てくるタイミングを見計らって私達の後ろを彼が歩くという位置関係を築く。

「後ろ、一人で歩いてるよ」

 私がそっと後ろを振り返り、隣を歩く美穂に教えた。美穂は凝り固まった動作で頷き、握りしめていたハンカチを床に落とした。

「落とし物―!」

 ほどなくして聞こえた声に美穂と同時に振り向くと、美穂のハンカチを手にしていたのは別の男子だった。私たちと高崎の間には誰もいなかったのになんで――。美穂が拍子抜けした様子でお礼を言うのを聞きながら首をかしげていると、ようやくわかった。

 私達と高崎の間には教室の出入り口がある。美穂がハンカチを落としたときに、たまたま教室から出てきたこの人が拾ってしまったというわけだ。その親切な男子が去る瞬間、こちらに向かって歩いてくる高崎とすれ違った。私が横目でちらりと見ると、なんと目が合ってしまい慌てて視線をさまよわせた。

 放課後、トイレから出てきた美穂は手を濡らしたまま廊下に出てきた。

「ハンカチほんとに落としちゃったみたい」

「しっかりしてよ、もう」

「まぁ大事なものじゃないし、なきゃないで別にいいんだけどね。ちょっと探して見つからなかったら帰ろう」

 私と美穂は昇降口で待ち合わせることに決め、手分けしてハンカチを探すことになった。美穂は教室に、私は図書室に向かった。図書室にはそれなりに人がいて、本を読んだり自習をしたりしていた。室内をぐるっと見て回り、机の下も確認したけどハンカチは見つからない。諦めて図書室から出ようとしたとき、貸出手続きをするカウンターの上に「落とし物」と書かれた底の浅い箱があることに気付いた。そしてその中には、見覚えのあるピンク色のハンカチが呑気に居座っている。間違いない、美穂のだ。

 私はハンカチを片手に図書室を出た。階段を下り、早足で廊下を曲がろうとすると誰かとぶつかってしまった。

「あっと、ごめん」

 謝る声に顔を上げると、高崎と目が合った。

「こっちもごめん」

 私も謝りながら、なんとかこのハンカチを高崎から美穂に渡すよう仕向けられないかと考えた。しかし妙案は思い浮かばず、諦めて下駄箱に向かおうとすると呼び止められた。

「それ、吉田の?」

 彼は私の手からはみ出たハンカチを見てそう言った。

「なんでわかるの?」

「さっきも落とすの見てたから」

 ああ、そうか。休み時間に落としたハンカチに気付いていたんだ。私はますます、好意でハンカチを拾ってくれたあの男子を恨めしく思った。

「それ、吉田に渡しとこうか? さっき下駄箱のとこにいるの見たから」

 予想だにしない提案だった。彼は階段を上るところで、私は一階に降りきったところなのに、下駄箱にいる美穂に彼が届ける。その支離滅裂さに、私は思わず質問した。

「もしかして美穂と話してみたいと思ってたり?」

 わざと冗談めかして言うと、彼はばつが悪そうに目をそらした。

「まぁ、うん、そう。……好きなんだ」

 私は喜ぶよりも、なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまった。体中から力が抜け、大きく息を吐いた。遠慮がちに私を見やる高崎にハンカチを差し出す。

「先帰ってて、って美穂に言っといて。あの子動物好きだから、犬とか猫の話でもしたら?」

 私は用もないのに、再び図書室を目指し降りてきたばかりの階段に足をかけた。

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