七月の猫

 
 風子はカレンダーを一枚めくる度、なにか取り返しのつかないことをしてしまったような焦燥感を覚える。ふうちゃん、まだ若いんだからと職場の先輩は言うし、実際二十五という年齢は一般的にも若者の範疇に入るだろう。しかし風子は、たまに時間の経過を感じては不安になり、いてもたってもいられなくなる。子供のころからの性分なので「若いんだから焦んなくていいんだよ」という先輩の声もまるで染み込まない。

そして今月も、カレンダーをめくる日がやってきた。今日で六月が終わる。

月ごとに違う猫を様々なシチュエーションで撮影した写真が上半分、そして日付が下半分に並べられたカレンダー。六月の、ガラス窓の向こうの雨を見つめる黒猫に「じゃあね」と声をかけ、いつもの不安を抱えてカレンダーをめくる。

七月の猫はソーダ水に恋をしていた。

 晴天の下、部屋の外から縁側を撮った写真で、その縁側にはコップに入ったソーダ水と、少し距離を置いてそれを見つめるチャトラの猫が並んでいる。その風景が、風子には恋のように見えた。舐めるのは躊躇われるが、気になってしまってどうにも目が離せない。微妙な距離を置いてただ見ているしかできない。そんな関係性をこれまでにいくつも見てきたように思う。同時に、自分はその立場になったことがないと思い至る。私は猫でもソーダ水でもない。そんなことを考えていると不安感が膨れ上がる一方だったので、風子は部屋の電気を消してベッドに倒れ込んだ。

 

 風子は酒を飲まず、普段はもっぱら麦茶を常飲しているがカレンダーの写真を毎日見ているせいか、無性にソーダ水が飲みたくなり仕事帰りにペットボトル入りのものを購入した。久々に触れる炭酸が弾けるたびに、風子は心が軽くなるのを感じた。

 ある日曜日の午前中、部屋と風呂の掃除を終えた風子はコップにソーダ水を注いで一息ついた。テレビのチャンネルを回すが、どれも今の気分にそぐわないものばかりだ。電源を消し、コップをもってベランダに出る。アパートの二階から見える景色は絶景というわけではない。しかし風子は、この風景を気に入っている。

 足元に猫の鳴き声を聞いた。見ると、ちょうど今月のカレンダーと同じようなチャトラだ。まさかと思い部屋の中のカレンダーを確認するが、そこにもちゃんと猫はいた。

「あなたも飲む?」

 ベランダの床にコップを置くと、猫は立ち上る泡に興味を持ちつつも口にしていいものかと逡巡しているかのようなそぶりを見せる。

 風子はそれを見て小さく笑った。




 

それじゃあ明日もー、見切り発車―!

引き返す


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