『ずっとピカソのこと考えてた。』
これが数ある『ピカソサイト』の中でもとりわけ話題となったウェブサイトの名前だ。
『ピカソ』とは2008年に起きた怪事件、またそれを行ったとされる犯人の呼称である。
名前は画家、パブロ・ピカソに由来する。
『ピカソサイト』とはその事件を取り上げたウェブサイトのことで、事件の概要や現場の写真、管理人の考察などが掲載されている。

事件の概要についてだが、2008年10月25日に東京は神田で起こった事件だ。
幅の狭い車道、ビルの外壁の2階部分、高架内側の天井に赤と白(に近い色)で絵画のような物が描かれていた。
奇妙なことに、どの地点の画も寸分違わず同じ形をしていた。
この、画が描かれていた3か所をメディアなどでは『ピカソポイント』と呼ばれ、野次馬やピカソサイト管理人、報道陣が連日押し寄せた。
画がいつから描かれていたのかはっきりとは判明しておらず、午前7時ごろに3か所でほぼ同じタイミングで発見されている。
「突然画が現れた」と複数の目撃者が証言しているのだ。
警察の調べでは赤い部分は人間の血液、白い部分からは皮膚や骨のような成分が検出されたというが付近に遺体は見つかっていない。
この画はいくら清掃しても消えなかったのだが、翌年2009年4月8日、現れた時と同じように突然「消えた」。

その画は非常に不明瞭で、何を描いたものなのか判然としない。
人により様々なものに見えるというが、特に「そう見える」と感じる人が多いのは魚、人の顔、月、グランドキャニオンの景色。
赤と白の抽象画(としておく)がなぜこうも多様な姿と捉えられるのか、それも不可解な点だ。

そして重要となるのが、この画がサソリに見えてしまった場合だ。
この画はサソリだと周囲の人間に話した人物が何日か後にピカソポイントに集まる事例が79件報告されている。
生気のない目で画を見つめていたかと思うと意識を失い、いわゆる植物状態となり回復した者は誰1人としていない。
オカルトマニアの間では、『ピカソ』はセンスや感性、波長といったもので『獲物』に揺さぶりをかけるというのが定説となっている。

こうも怪奇的な出来事を行える生きた人間と妖怪や怪異などと呼ばれる人の及ばざる存在、
果たしてどちらの仕業と考えるのが論理的なのか。

ここまで書きとめたところで『ずっとピカソのこと考えてた。』を開こうとしたのだが、どの検索エンジンでも見つからない。
それどころか、『ピカソ』という事件の情報が全く見当たらないのだ。
有象無象の『ピカソサイト』のみならず、過去のニュース記事すら見つからない。
一体どうしたことだろう。

なんだか気味が悪くなってきた。
2009年に画が消えて以降は被害者もなく、真相は解明できないままに風化しつつあったのだから
(考えてみれば、あれだけの事件がほんの数年であっさり風化しつつあるのもおかしな話だが)

私は大丈夫だと思っていた。
ピカソポイントは消えてしまったし原因不明の昏倒状態に陥る集団がニュースで取り上げられることもなかった。
画が消えて私は安心していた。
理由はわからないが、私は助かったのだと思っていた。
しかし今後、私の身に何が起こるかわからない。相手はあの『ピカソ』なのだ。
『ピカソ』が再び動き出したのかもしれない。

数多の『ピカソサイト』がなくなった今、ここを最後の『ピカソサイト』とし、犠牲者たちへの、そしてあるいは私自身への手向けとする。
他のサイトと同じようにここも見られなくなってしまうかもしれないが、この文を見ることができた者は
『ピカソ』という謎を決して忘れないでほしい。多数の人間が犠牲となったことをどうか忘れないでおいてほしい。


思ったよりも執筆に時間がかかってしまった。
夜が明けている。

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